遺族として

忌服期間のしきたりや日常の供養方法など、遺族として知っておいたほうがよい知識を挙げました。
堅苦しく考えずに、大切な人を思い出しましょう。
大切な人を見送るために知っておきたい

日常の供養や節目の法要の作法を紹介します。大切なのは形式ではなく、心に形がともなっていること。
心静かに故人に思いを馳せましょう。

  • 忌服
  • 日常の供養の基本
  • 仏前での礼拝の手順例
  • 日常の供養の作法としきたり
  • 法要・覚えておきたいひとくち雑学
  • 施餓鬼会(せがきえ)ってなに?
  • 涅槃会(ねはんえ)
  • 花まつり
  • 挨拶文例

忌服

仮納骨
一般には、仏教のしきたりにしたがって、忌の期間は、死後四十九日、服の期間(喪中)は一年とされています。
忌服期間にしてはいけないこと
結婚式などのめでたい席に臨むことや、神社に参拝することなどを控えるのが通例です。
喪中に年を越す(死後一年以内)場合は、しめ縄、門松、鏡餅などの飾りつけたり、おせち料理で祝ったり、年始まわり、年賀の挨拶なども控えます。
年賀欠礼の挨拶
喪中に新年を迎えた場合は、年賀状を出しません。例年年賀状を出していた相手に対しては、12月のはじめに年賀欠礼の知らせを出します。喪中欠礼のハガキは、一種の死亡通知です。簡潔に書くべきですが、誰の喪に服しているかは必ず書き入れるようにしましょう。
忌服中に近親者が死亡した時
忌服中に近親者が亡くなり、忌服が重なることを「重忌喪」といい、たとえば、父を亡くしてその忌期おわらないうちに母が亡くなったという場合は、母の死亡日からあらたに次の忌服を重ねます。
近親者の死亡を後日知った場合
遠方にいる近親者が死亡したのをずっと後になって聞いた場合は、聞いて知った日から忌服期間を数えるようにします。これを「聞き喪」といいます。
忌明けにすること
仏式では、四十九日を過ぎると死者の霊がその家から離れるといい、この日を忌明けとします。神式でも五十日祭をこの日にあてていますが、キリスト教では忌明けといったものがありません。そこで香典返しとともに忌明けの挨拶状を 送ることが多いようです。
また、忌明けの日には、寺や自宅に親類や友人などを招いて手厚く故人の法要を営みます。
なお香典返しや形見分けもこの日に行い、葬儀の際に神棚や額などに貼った白紙も忌が明ければとりはずし、仏壇の扉も開けます。
また、それまでの遺骨とともに安置していた白木の位牌を菩提寺と相談して処置し、塗りの位牌を仏壇に納めます。最近は四十九日を待たずに忌明けを行う家も多くなりました。

日常の供養の基本

仏壇とは
もともと仏壇は、信仰の対象としての本尊を安置するためのもの。たとえ先祖の位牌を一緒に祀ってあっても、それは付属的なものと考えるべきです。
しかし、現在において仏壇に対する考え方は少し違ってきています。特定の宗派の信仰を持っていない人にとって、仏壇とは先祖代々の精霊を供養するための場所、そう考える人が多くなっています。
現代人にとって仏壇は、自分が存在するルーツを祀る場所であり、家族全員の精神修養の場でもあるようです。
日常の供養で大切にしたいこと
仏教では、どんな行いにも心が必要不可欠です。このことをしっかり理解したうえで、一般的な日々の供養をしたいものです。
供養とは、形に心が伴っていることが望ましく、形式に振り回されていては何もなりません。 仏前での作法の基本中の基本は「合掌」の姿です。両手の手のひらを合わせ、目を静かに閉じ、ゆっくりと礼拝します。
日常の供養の仕方(基本的なものとして)
朝、起きて顔を洗い、食事の用意をして仏飯と湯茶のお初を仏壇に供えます。次にろうそくに火をともし、線香をあげます。仏壇に向かう時は背筋を伸ばして正座します。両手に数珠をかけて合掌礼拝し、各宗派で定められた称名や題目、真言などを唱え、簡単なお経を読みます。この時、むやみに鈴は打たないようにします。お勤めが終わったら、ろうそくの火を消します。
夕方、床につく前にもう一度、合掌、礼拝を行い、使った火の始末を確かめてから、仏壇の扉を閉じます。
お供えの基本
「お供え」とは、本尊や故人に、心から捧げる供養物のことをいいます。お供えの基本は「香」「花」「灯明」「浄水」「飲 食」の5つです。これを「五供」といいます。

仏前での礼拝の手順例

(1)仏壇の前に座る
(2)ローソク立てにローソクを立て、火をつける
(3)線香に火をつけ、炎を手で消す
(4)線香を立てる
(5)鈴は読経の始まりに打ちます
(6)手のひらを合わせて念珠をかける
(7)お経をあげる
(8)読経のあと、ローソクの火を手であおいで消す

日常の供養の作法としきたり

ローソクのあげ方、消し方
なぜ仏前にローソクをともすのか。それには二つの説があります。
ローソクの明るさが「仏の智慧(ちえ)」を象徴しているからという説と、ローソクがロウを溶かしながら火をともすと ころから「人生の無常」を表しているという説があります。
火をともす時は、マッチを用いるか仏壇専用の火つけで点火します。ライターの火を使うのは危険です。火を消す時は、 決して吹いて消してはいけません。
神聖な仏壇の前で、生臭い息を吹きかけるのは無作法です。ろうそくの火を消す時は、手であおいで消します。
線香のあげ方
ローソクに火をともした後、そのローソクの火で線香に火をつけます。
線香の数を何本にするかは、焼香の場合と同じように考えていただければいいでしょう。
天台宗や真言宗は、仏・法・僧に捧げるという意味で焼香は3回。ですから線香も3本です。
浄土真宗は横にするのがしきたりになっています。
数珠の持ち方
数珠の持ち方は宗派によって異なりますが、基本的に両手を合わせ、房が下に来るように、指と指の間にかけます。
その時、両腕はきちんと両脇につけ、両手をあまり前方に出さないようにします。
供花のマナー
仏壇に花を添えるのは美しい色や形の花で、仏の世界をさらに高めようとする意図があります。
新鮮な切り立ての花を供えることはもちろんですが、こまめに水を変え、花を長く美しい状態に保てるようにしたいものです。
大型仏壇の場合、上卓(うわじょく)といって供花や灯明の台が二段になっていることがあります。この場合は、上の花立てには、色のある花を立てます。
また、五具足の時の花立てが両側にある場合は、花のしつらえを左右同じにします。

案内状を受け取ったら

法事の通知を受けたら、すみやかに返事を出します。出席する場合はその旨の返事を出します。
できれば一言添えて返事を出すといいでしょう。出席できない時は、早めに欠席の旨を伝えます。同時に遺族の近況を訪ね、励ます内容の手紙を出します。法事が三回忌までの時は、香や花などの供物、もしくは供物料・御花料を届けます。

招かれた時の服装

略式喪服かまたは地味な外出着が一般的です。七回忌以後の法要であれば、それ以前よりもう少し軽い服装でもいいといわれています。気をつけたいのは、間違っても正式な喪服を着用して出席しないこと。施主側が困ります。
(施主側は、招かれた側より軽い服装をしてはいけないことになっている)

招かれた側のマナー

時間に遅れないこと。二~三十分の余裕を持って会場へ行き、施主にあいさつをします。あいさつがすむと仏壇に焼香。焼香がすむと法要の開始まで所定の場所で待機します。法事の途中での退座はいけません。きちんと散会までつとめましょう。
法事に招かれた際には、供物を持参するのが普通です。生花、菓子、果物、線香などですが、供物料として、現金を包んで持参するほうがよいと思われます。その際、黄白や銀の水引の付いた不祝儀袋に「御仏前」「御花料」「御供物料」などと表書きし、下に姓名を書きます。

法要・覚えておきたいひとくち雑学

百ヶ日忌(ひゃっかにちき)
父母の孝養を重視する中国儒教の卒哭忌を仏教が取り入れたもの。
祥月命日(しょうつきめいにち)
毎年めぐってくる命日(忌日)のことで、故人が亡くなった日であるとともに、故人が仏に生まれ変わった誕生日だとも考えられています。
お彼岸(おひがん)
仏教には、西方浄土といって、西に極楽があるという考え方があります。春分の日、秋分の日には太陽が真東から出て、真西に沈みます。東西に太陽が没するところこそ、往生の願いをかなえてくれるところであるという考えから、これらの日と彼岸が結びついたとされています。
盂蘭盆会(うらぼんえ)
釈迦の弟子であった目蓮が、死んで餓鬼道に落ちた母親を釈迦の教えによって、7月15日に僧侶たちに食物を施し、供養することによって救い出すことができたといういい伝えによるものです。つまり餓鬼道や地獄に落ちて苦しんでいる霊を救うために供養を営むことをいいます。現在のお盆は、先祖の霊が帰ってくるという日本古来のいい伝えと、この盂蘭盆会が結びついたものであるとされています。
精霊(しょうりょう)
死者の霊魂をいいます。
棚経(たなぎょう)
精霊棚の前で僧侶にあげてもらうお経のことをいいます。
新盆(にいぼん・あらぼん)・初盆
四十九日の忌明け後初めてお迎えするお盆のことをいいます。
精霊流し(しょうりょうながし)
お盆の十五日の夕方、または十六日の夕方、精霊棚や仏前に供えた供物や花など川や海に流して、精霊を送ります。地方によっては灯籠を流すところもあります。

施餓鬼会(せがきえ)ってなに?

施餓鬼会(せがきえ)とは
餓鬼(がき)とは、六道の一つ、餓鬼道に落ちて、いつも飢えと渇きに苦しんでいる亡者のことです。餓鬼が口にしようとするものは、炎となってしまうので、何一つ食することができず、飢えの苦しみは限りがありません。こうした餓鬼は、自分の力でその苦しみから抜け出す術はなく、施餓鬼会が、唯一の救いになるとされています。
施餓鬼会の時は、お寺に施餓鬼壇を設け、檀家の人たちが、米、野菜その他の食料を持ち寄り、集まった人全員に食事を出します。また、施餓鬼法要を行い、亡者を供養し、その滅罪追福を祈るものです。
私たちは、食べることにより生命を維持しているのであり、その大切さをよく考え、自分や家族だけではなく、広く他人や、さらには動物にも、布施の心で、食物を与え合おうという考え方でもあります。
この施餓鬼の心が、私たちの生活のなかに生きているのが、食事の際の、「いただきます」「ごちそうさま」という言葉かもしれません。
施餓鬼会の由来
釈尊の十大弟子の一人の阿難尊者が、森のなかで修行をしていると、真夜中、突然に餓鬼が現われました。そして、口から火を吐きながら阿難に向かい、「三日後、お前の命はなくなり、我々と同じ餓鬼道に生まれかわるだろう」といいました。
驚いた阿難が、釈尊に相談したところ、「観音菩薩よりさずかった真言を七回唱え、加持すれば少量の食物が、たくさん になる。これを無数の餓鬼や行者に与え、腹いっぱいにさせなさい。こうして供養すれば、多くの餓鬼が苦身を逃れ、天上に生まれかわれるし、また、施主は、寿命が延び、仏の道を悟ることができる」と教えられました。こうして、阿難が教えられた通りの供養をしたのが、施餓鬼会の始まりといわれています。
施餓鬼会を行う時
施餓鬼会は、もともと特定の霊を供養するものではなく、供養に恵まれないさまざまの霊を対象としたものです。
また、水難で死んだ人の供養のためには、川辺や海岸に「施餓鬼棚」を設け、法要を営むこともあります。それぞれ、「川施餓鬼」「浜施餓鬼」と呼ばれています。
本来、施餓鬼会は、お寺で随時営まれていましたが、最近では、お盆の行事の一つとして行われることが多くなりました。
また、百か日の法要や、年忌の追善供養の時などにも営まれます。四隅に、五如来の名を記した五色の旗、施餓鬼幡をたてた施餓鬼壇に、「三界万霊」と書いた紙か位牌を安置します。三界万霊とは、欲界・色界・無色界の三つの迷いに溢 れた世界に生きる、諸々の霊のことをさしています。
お盆や年忌法要の時は、新亡や先亡たちの位牌も、安置します。位牌の前に、ご飯・水・野菜・果物・菓子など諸々の食物を供え、あらゆる餓鬼に施します。
施餓鬼会を行い、三界万霊を供養することは、その功徳が、施主やその先祖まで及び、先祖への追善ともなります。
百か日や年忌の法要の時、できるだけ、お寺に頼んで、施餓鬼会も営んであげたいものです。 浄土真宗では、死者はすべて極楽浄土に往生していると考えられているので施餓鬼会の法要は行なわないようです。

涅槃会(ねはんえ)〔2月15日〕

釈尊が亡くなった日のこと。常楽会〈じょうらくえ〉ともいいます。「涅槃図」〈ねはんず〉を掲げ、「遺教経」〈ゆいきょうぎょう〉を読誦〈どくしょう〉して、釈尊慕奉賛〈ついぼほうさん〉が営まれます。

花まつり〔4月8日〕

灌仏会〈かんぶつえ〉。仏生会〈ぶっしょうえ〉、龍華会〈りゅうげえ〉、浴仏会〈よくぶつえ〉ともいいます。釈尊の降誕〈こうたん〉を祝う日。
釈尊が誕生した時、九匹の龍が天上から清浄な香水を注いだという故事にならって、この日、色とりどりの花で飾られた花御堂の中に、右手で天、左手で地を指した金銅製の誕生仏を安置し、ひしゃくで汲んだ甘茶を頭上から注ぎます。

挨拶文例

日頃の挨拶や大勢の人の前でのスピーチなどの機会は、ふだんからあるでしょうが、特別な場合のスピーチというのは、さまざまなルールや形式があり、難しいものがあります。 葬式の弔辞などは、形式やルールも大切ですが、それだけにこだわらず、故人への敬意、喪主や遺族への心情に配慮しながら真心を込めて、厳粛な態度で挨拶に挑みたいものです。
美辞麗句の乱用や慣用句の羅列はなるべく避け、別れを惜しむ素直な心情が吐露されるようスピーチを行いたいものです。

遺族側の挨拶

会葬者側の挨拶

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